がんについて⑤〜抗がん剤治療〜

古典的な細胞毒タイプ

●細胞の分裂・増殖時に作用
●がん細胞は、一般の正常細胞より増殖が活発
●その少しの差を狙う

がんといえば手術、そんなイメージを抱いている人も多いはず。しかし既に解説してきたように、手術でエイヤっと丸ごと切り取ってしまえるのは、根治が望めるような、早期かつ原発部位に留まっている固形がんの場合のみです。

白血病など全身性のがんや、固形がんでも血管やリンパ管を通じてがん細胞が全身へ回ってしまっている遠隔転移の場合、再発などの場合には、全身治療の抗がん剤投与で敵の細胞を減らす戦術を探ります。手術を選択できた場合でも、術前にがんを小さくすることを目的に抗がん剤を使用したり、術後の病理結果によっては再発防止のために化学療法を行うことも多いのです。放射線治療の効果を高めるために抗がん剤を併用することも珍しくありません。

ですから、抗がん剤とその治療については、がんと診断された人なら誰でも知っておいた方がよさそうです。現在のところ世に出ている抗がん剤のほとんどは、いわゆる「細胞毒」と言われるものです。細胞が分裂する全過程あるいは特定の時期に投入され、細胞内の遺伝子に作用します。

がん細胞は、正常細胞よりはるかに早く分裂・増殖するのが一般的で、分裂中の細胞では遺伝子のDNAがほどけてむき出しになっているため、不安定で外からの影響を受けやすい状態にあります。早い話、細胞分裂中の細胞は通常時より死にやすいのです。

いきなり細部分裂の話になってしまいましたが、細胞が分裂・増殖を繰り返していることは、皆さん学生時代に習ったかと思います。話の理解に必要なので、少々おさらいにお付き合いください。

細胞分裂は大きく二つの段階に分けられます。前半は、染色体の複製です。染色体が担っている遺伝情報をそっくりそのまま、分裂して出来る娘細胞に伝えるためです。染色体の実体はDNAという物質で、この時、DNAの量も染色体の数も倍になっています。

そして後半では、倍になった染色体が「紡錘体」と呼ばれる細胞器官の働きによって正確に半分ずつ、細胞の両端に分けられます。そういえば教科書にそんな図が出ていましたよね。続いて細胞そのものが二つに分かれ、親細胞と全く同じDNAを持った娘細胞が二つ生まれるのです。
次項から、抗がん剤が、この細胞分裂にどのように働きかけるのか見ていきます。

がん封じ込め作戦あれこれ

●短時間での投与型とじわじわ投与型がある
●一定濃度さえあれば効く短時間型
●細胞周期の特定の時だけ効くじわじわ型

抗がん剤が、がん細胞に働きかける道筋(作用機序)には、いくつかのパターンがあり、現在100種類ほど使われている抗がん剤をグループ分けすることができます。代表的なものは①アルキル化薬 ②代謝拮抗薬 ③白金製剤 ④トポイソメラーゼ阻害剤⑤抗がん性抗生物質 ⑥微小管作用薬といったところです。駆け足でご紹介していきます。

①アルキル化薬

抗がん剤の中では最も早く開発されました。マスタードガスという毒ガス兵器の研究の産物という、禍転じて福となったような薬です。体内に投与されると、DNAに炭化水素基(アルキル基)をくっつけて結合します。そうして2本鎖のはずのDNAを1本鎖にしたり、2本鎖をほどけなくしてDNA複製を妨げ、がん細胞を破壊するのです。

代表例は、世界中で最もよく使われているシクロホスファミド(エンドキサン)。乳がんや肉腫をはじめ、ほとんどのがんで使われます。プスルファンも白血病などに対する造血幹細胞移植などによく用いられます。

②代謝拮抗薬

この薬剤の多くは、構造がDNAの材料(基質)と似ているのが特徴。そのため、DNA複製に働く酵素が勘違いしてそちらに働きかけ、結果として複製が妨げられたり、あるいはそのまま取り込まれて異常なDNAを作ったりします。がん細胞の分裂は失敗し、腫瘍が大きくならないどころか、時には小さくなります。国内外で最も使用頻度が高いのは5-フルオロウラシル(5-FU)で、消化器がんをはじめ様々ながんに用いられます。

DNA複製に必要な葉酸の代謝を阻害することでDNA複製を妨げるものも、代謝拮抗薬の中に含まれます。代表は「葉酸代謝拮抗薬」のペメトレキセド(アリムダ)。肺がん治療になくてはなりません。

③白金製剤

その名のとおり、薬に構造中に白金(プラチナ)が含まれています。投与されるとDNAの2本鎖に白金が結合して橋をかけ、複製を阻害し、結果としてがん細胞を自滅させます。
代表例はシスプラチン(CDDP)、カフボプラチン、大腸がんなどには第3世代の白金製剤、オキサリプラチンが多用されています。

④トポイソメラーゼ阻害剤

トポイソメラーゼ阻害剤は、細胞分裂の際にDNAの切断と再結合を助けるトポイソメラーゼという酵素の働きを妨げて、切断部分に入り込み阻止します。DNAが切断されたままの状態となり、がん細胞は死滅します。代表例はイリノテカンやエトポシドといったところ、様々ながんに使われます。

⑤抗がん性抗生物質

抗生物質は土壌に含まれる微生物から作られたものです。一般的な抗生物質が細菌を死滅させるのはご存じですよね。それと同じように、がん細胞を死滅させる抗生物質がこの薬剤です。作用の仕方には色々ありますが、大抵は、がん細胞のDNA合成を阻害したり、DNA鎖を切断するなどしてがん細胞を直接的に死に追いやります。よく使われるものとしては、プレオマイシンやドキソルビシン(アドリアシンなどが挙げられます。
さて、ここまでの5種類は、働き方はそれぞれでも、狙う相手はすべてDNAです。
それに対し、最後のグループはちょっと違います。

⑥微小管作用薬

「微小管」は、先ほどおさらいした細胞分裂で染色体の分離に働く「紡錘体」を作っているもの。つまり「微小管作用薬」は微小管に結合して紡錘体の働きを阻害し、細胞分裂を妨げて細胞を自滅させるものです。代表薬にビンクリスチンやパクリタキセル(タキソール)があります。

抗がん剤の作用機序の違いによって、投与の仕方にも違いが出てきます。
アルキル化薬と抗がん性抗生物質は「濃度依存性」の抗がん剤と言われ、がん細胞との接触時間は短くても、濃度が一定以上あれば効力は得られることが分かっています。

抗がん性抗生物質のマイトマイシンCなど、1回の点滴が30分程度で済むものだと、外来
治療にも便利です。

一方、代謝拮抗薬やトポイソメラーゼ阻害薬、微小管作用薬は「時間依存性」の抗がん剤と言われ、低用量を長期間あるいは何度も投与することになります。というのも、これらの薬剤は細胞分裂周期の特定の時期に効果を発揮するのですが、すべてのがん細胞の周期が一致しているはずはありません。そこで薬剤を長時間、体内に存在させることが重要になるのです。

進行抑制をめざして

●主目的は進行を遅らせ延命すること
●効いていた薬が、いつか効かなくなる
●複数組み合わせて、できるだけ長続きさせる

現在、抗がん剤で完治する可能性のあるがんとして、小児の急性リンパ性白血病(5年生存率70%以上)、精巣がん(同60%以上)、悪性リンパ腫(非ホジキン型、40~60%)、絨毛がん(必要に応じて手術も併用、ほぼ100%)などの報告があります。

ただ、抗がん剤のみで根治できるがんの割合はまだ小さく、進行を遅らせるということが抗がん剤治療の主な目的になります。それを期待できるがんには、乳がん、卵巣がん、骨髄腫、胃がん、慢性骨髄性白血病など、色々あります。一方で、脳腫瘍、膵がん、肝がんなどには、残念ながら今のところ効果を期待できる薬が出ていません。

また、進行を遅らせてくれる抗がん剤も、永遠に効くわけではなく、いつか効かなくなる日が来ます。「がんが薬剤耐性を持つ」と言います。
ある抗がん剤を使い続けていると、がん細胞自身が身を守るため抗酸化や解毒に関する遺伝子を発現させ、その薬の働きを抑える物質が細胞内に作られるようになるのです。がんに限らず、細菌に対する抗生物質や、農作物への害虫に対する農薬でも、同じようなことが起きるのを
ご存知かもしれません。

抗がん剤治療を受けている人にとって、耐性が出てくるかこないかは非常に大きな問題です。抗がん剤治療を中止せざる得ない最大の原因と言ってもよいでしょう。逆に、耐性が出現せずに体に負担が少ない抗がん剤治療を続けられるとしたら、かなり長く、がんと共存して生き続けることができます。薬剤耐性の詳しいメカニズムの分かっていない抗がん剤がほとんどですが、今後の研究に期待したいところです。

がんの種類によって比較的よく効く薬とそうでない薬があり、また後述する副作用の出方も異なります。そのため作用機序の異なる薬を組み合わせることで、最小の副作用で最大の効果を得ようと、二つ以上の抗がん剤を組み合わせて使うことも多くなっています。
「多剤併用療法」と呼ばれます

例えば、肺がんには通常、白金製剤と他の種類の抗がん剤を組み合わせる併用療法が勧められます。増殖スピードが速くて不治の病のイメージが強かった小児がんも、多剤併用療法が進歩した今では、約8割が治るようになっています

投与の計画については、その時その時ごとに使う薬を選んでいくのでなく、あらかじめ長期的に決められ、それに従って行うようになっています。その計画を紙面に示したものをクリティカルパスと呼びます。薬の分量は多くの場合、体表面積あたりで決まっていて、患者の体重と身長から割り出します。

効果と副作用は常に一緒に考える

●少なすぎると効かず、多すぎると有害
●効果を期待できる狭い範囲を狙う
●個人差が大きいので、最後は試してみるしかない

抗がん剤は、飲み物よりも注射や点滴が多いのですが、これは適切な量をきっちり血中に投与するため。少なすぎると効かず、多すぎると有害で、その許容幅が狭いか、効くより先に有害となるからです。飲み薬だと人によって消化管での吸収率が違い、血中の濃度が違ってしまいます。そこで静脈注射などで全身に行き渡らせるのです。

抗がん剤は、急速に分裂・増殖するがん細胞がよりダメージを受けるのを利用しています。ところが正常細胞でも消化管の粘膜細胞や、骨髄細胞(造血細胞)、毛包細胞などは分裂・増殖が早くダメージを受けます。このため、吐き気(悪心)や嘔吐、口内炎、胃腸障害、脱毛、
貧血、免疫力低下といった副作用があります。

消化管の粘膜細胞の場合、口内の粘膜がやられれば口内炎になり、胃腸の粘膜がやられると胃腸障害が出ます。同じように骨髄が破壊されると、赤血球の合成に支障が出て貧血になります。また、白血病やリンパ球が減少して免疫力が低下したり、血小板が減少して出血しやすく
なります。これらは「血液毒性」とか「骨髄抑制」とも呼ばれます。さらに、毛包細胞がやられると毛が抜けます。なお、吐き気や嘔吐の仕組みは、実はまだよく分かっていません。

こうした副作用が強すぎて、がんを叩けるほどの量の抗がん剤を投与できないことも多いのです。加えて、DNAを傷つけて正常細胞をがん化させてしまう可能性さえあります。

しかし、最近では抗がん剤治療の副作用をかなり軽減できるようにもなってきました。

例えば、吐き気に対しては制吐剤、白血球減少に対しては「顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)という薬が使われたりします。免疫力が落ちて感染症の心配がある場合は、予防に抗生物質を使ったり、症状に応じて輸血や血小板輸血も施されます。副作用軽減を目的とした多剤
併用も多く行われています。

医療者側の意識も昔とはだいぶ変わりました。「副作用はつきものだから我慢してもらうしかない」という考えから、今では「患者さんが耐えられないような副作用は極力ださないように」というスタンスになっています。

大きな個人差

いずれにしても、チャンスにかけたいのであれば、自分の治療について十分に理解しないまま副作用の虚像に脅えるのは勿体ないです。
副作用の種類や程度は、抗がん剤の種類や投与量、投与ルートによって違いますし、患者ごとに大きく異なります。実際、同じ抗がん剤を同じ量、同じように投与しても、ある患者に出現した副作用が、ある患者には全く出ないことも珍しくありません。

不安を軽減するには、まずよく知り、よく理解することが大切です。自分が受ける抗がん剤の副作用が、いつ、どのくらい程度で出現し、どのくらい続く見込みか、どう対処したらよいのか。幸い、今では治療を受ける前に医師から説明を十分受けた上で、その治療を承諾したり選択したりできるインフォームドコンセントが徹底されています。一度聴いて分からなければ、訊きたいことを箇条書きにメモして、もう一度予約を取っても構いません。

不安な気持ちも併せて、担当医や看護師、薬剤師などにも素直に伝えてください。それでも迷うようであればセカンドオピニオンを利用して、担当医以外の専門医の意見を聴き、比較検討することもよいでしょう。

これまで多くの人が様々な目標を持って抗がん剤治療を乗り越えてきました。治療を受ける前や受けながら、考えねばならないこともたくさんあるかと思います。それでも必要以上に気負わず、恐れず、医療者や家族と一緒に、がんと自分と、向き合っていってみてください。

受けないという選択肢

根治の望めない抗がん薬治療については、今も様々な議論があります。がんの状態や患者の体力などにもよりますが、生存期間の延長をあまり期待できないこともあるからです。確かに苦しい副作用が分かっているのなら、余命は少し短くなっても緩和ケア中心の穏やかな生活を選ぶことも、人生の選択肢の一つと言えるでしょう。ただ近年は、分子標的薬の開発や使用方法の研究が進んできました。近い将来、抗がん剤治療への見方が大きく変わる日も来るかもしれません。

出典:がんがわかる本