CBDオイルが入手できるようになって間もない日本では、全草大麻について聞いたことがある人はまだ多くはないでしょう。一方アメリカを含む海外では、企業が全草大麻を宣伝文句に使い、患者グループは全草大麻を使用する権利のために活動しています。しかし、医療大麻に関する大半の科学研究ではその存在が無視されており、THCやCBDといった単体の化合物に焦点が絞られています。
世界的にみても医療大麻の利用と規制には矛盾や偽善があふれていますが、多くの人々にとって全草大麻薬を販売することがほぼ不可能であるということが最大の難点です。FDA(米国食品医薬品局)は大麻草に治療的利用ができることを示す十分な証拠がない、としています。その上、大麻がいまだにスケジュールIの禁止薬物に指定されているということは、研究を実現させるために悪夢のようなお役所仕事をクリアしなければならないことを意味します。
患者は全草抽出エキスの方が単体のカンナビノイドよりも症状の緩和に効くことを、直接体験して知っています。しかし、特許権を取得できない植物の研究に数百万ドルも投資する製薬会社はありません。患者の体験によって有効とされる事例証拠と、製薬会社の株主や政府の規制当局を最終的に満足させるものとの間には大きな溝が存在するのです。
目次
大麻:複雑な植物
ではなぜ全草大麻が研究されているかどうかが重要なのでしょうか?一部のカンナビノイドに治療効果があると分かっているなら、そちらに集中すればいいのではないでしょうか?
大麻草が現在科学研究で行われている単体の分子モデルに適合するなら、それでも良かったでしょう。しかし大麻は複雑な植物です。大麻草には推定420の分子があり、その中に113のカンナビノイド、200以上のテルペン、フラボノイド、アミノ酸、タンパク質、酵素、脂肪酸、糖分などが含まれています。大麻草には植物成分が豊富に含まれているのです。
これまでのところは2つのカンナビノイド、テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)がニュースに取り上げられ、最も広く研究されています。多くの科学者がCBDとTHCの重要性を信じています。
全草大麻の研究に資金を調達するのは困難
一つのカンナビノイドを研究するという現在の傾向は、製薬会社のやる気のなさによってさらに悪化しています。製薬会社は、スケジュールI規制薬物に指定され、特許権を取得することが不可能で、経済的利益をわずかしかもたらさない植物を研究するために数百万ドルも投資したくないのです。
分子生物学者でカンナビノイド研究分野の第一人者であるマニュエル・グスマンは次のように述べています。「現在、臨床環境ではカンナビノイド関連の研究をするのが極めて難しいです。たくさんの書類に記入し、許可を山ほど申請しなければならない上、大麻に関する臨床研究を行うと、さまざまなスポンサーや企業の注意や関心を損なうからです」
「また、これら天然化合物の特許権を取得できないので、多くの企業が全草大麻に関心を持たないという事実もあります。これもまた臨床研究を行うのに必要な投資家や投資会社の関心が損なわれる原因です」
全草医療大麻が認められないように設計されたシステム
実際、アメリカにある多くの大学は大麻研究を支持することを避けています。アメリカンズ・フォー・セイフ・アクセスの主任研究員ジャハーン・マーキュは次のように話しています。「資金を得ることができたとしても、当局が研究を承認するとは限りません。大麻に関しては偏見や恐怖がまとわりつきますし、大学もリスクを懸念しています。大麻に関わる研究に携わると、自分が所属する機関への資金を失う可能性があるのです」
アメリカで大麻がスケジュールIに指定されているということは、大麻の臨床試験が認められない運命にあることと同じだ、とマーキュは言います。
「第I相臨床研究を行うために政府に大麻を発注したとしたら、政府はごく短期の安全性研究のみを承認するでしょう。大麻を患者に提供するために何年もかけて申請し、やっと研究を30日間行えるのです。もし素晴らしい確かな結果が得られて、投与できる調剤を作る段階に進みたかったとしても、研究を続けるために再び大麻を調達するのは実質的に不可能でしょう。もし政府が大麻を供給してくれたとしても第II相への承認は決して得られないでしょう。政府にとって大麻は、医学的価値のないスケジュールI薬物だからです。これでは大麻の医学的効果を研究するのは不可能です」
このシステムによる障害は、全草薬承認に対する連邦政府の偏見によってさらにこじれます。
「大麻に含まれるすべてのテルペンは、FDAによって承認されています。すなわち、THCもテルペンも全て分離した化学物質としてFDAで入手可能です。これらの物質が一緒の状態であると気に入らないのです」 —ジャハーン・マーキュ
アントラージュ効果
アリストテレスはかつて「全体は部分の総和に勝る」という普遍的な格言を残しました。カンナビノイド研究においてはイスラエル人のパイオニア、ラファエル・メコーラム博士と科学者のシモン・ベン-シャバットが、大麻草を理解するために申請し、「アントラージュ効果」という用語を作り出しました。彼らは、単体のカンナビノイドを分離状態で摂取するよりも全草から摂取した方が、化合物の相乗作用によって治療上の利点が大きかったことを観測しました。
神経学者で精神薬理学研究者のイーサン・ルッソ博士は、論文「THCをてなづける:潜在的な大麻の相乗作用と植物性カンナビノイド-テルペンのアントラージュ効果」の中でこの理論をさらに展開しました。ルッソ博士は大麻草の不思議な世界を探求し、まだ十分研究されていないテルペンの潜在力の概要を述べました。博士は次のように述べています。「大麻草に含まれるテルペンは優れた治療効果を示し、大麻を元にした薬効エキスのアントラージュ効果に大きく関係している可能性があります」
マーキュはこの相乗的見解に同意します。「特定のニューロンのスピードを上げたり下げたりする化合物が100弱もあれば、間違いなく相乗効果があります。芳香族化合物、テルペンなどの化合物の多くは、環境大気レベルで強力であり、生理機能に影響することができます。そしてこれらの化合物の多くは、THCの中毒作用を中和します」
THCとCBD:一緒の方が効果的
THCとCBDが相乗作用し、分離された状態よりも大きな効果をもたらすのは、アントラージュ効果のおかげです。カンナビジオールはTHCの精神活性効果を中和する一方で、痛みの緩和など需要の高い利点を促進することが、科学者によって解明されています。どちらの作用も、医療的理由で大麻を摂取するがTHCが豊富な株に伴う不快な精神活性効果を体験したくない人にとって魅力的です。
2014年に実施された「カンナビジオールとデルタ9-テトラヒドロカンナビノールの組み合わせは、同所性神経膠腫を持つマウスにおいて放射線療法の抗がん効果を高める」と題された研究では、放射線治療と併せてTHCとCBDを投与されたマウスにおいて致命的な脳腫瘍が劇的に縮小したことが分かりました。CBDとTHCを組み合わせ、従来の放射線療法とともに投与すると、一つのカンナビノイドと放射線治療を組み合わせるよりも大きな有効性があったのです。
合成カンナビノイドVS全草抽出エキス
製薬会社にとって大麻草の特許性の無さを回避するためのうまい話が、合成バージョンを製造することです。マリノール(ドロナビノール)やセサメット(ナビロン)は、どちらもHIVにおける体重減少やがん治療における吐き気・嘔吐に対する治療薬として処方されているTHCの合成タイプです。しかし、この合成薬は天然の大麻よりも強い精神活性効果があるという報告もあり、効果的な投薬は難しいと患者は主張しています。
ハーヴァード大学医学部精神医学教授のレスター・グリンスプーン医師は、自身の論文「大麻の製剤化」の中で次のように述べています。「大麻喫煙とマリノールを両方利用したことがある患者で、マリノールの方が有効だったと感じた人には出会ったことがありません。マリノールを利用する最も一般的な理由は、大麻が違法だからです。その違いが健康や治癒、経済的な安定をリスクにさらすと知った患者の多くは、法を無視して大麻を使用することを選んでいます」
全草CBDは合成薬の障害を回避する
合成の単体分子CBDと高濃度CBDを含む全草抽出エキスを比較した際、大きな違いがあることがわかりました。
イスラエルでファーマコロジー・アンド・ファーマシー誌に発表された最新研究は、カンナビノイドを投与する際に体験する障害の一部を全草抽出エキスの使用によって回避できるという可能性を示しました。純粋なCBDを用いて実施された臨床試験において、研究者は次のように記しています。「ごく限られた用量範囲で投与した際のみ治療効果が観察されましたが、それより低い、または多い用量では薬効は得られませんでした」
科学者らは、CBDが豊富な全草大麻抽出エキスにおいても、患者へのCBD投薬を困難にするこの傾向が見られるのか検証しました。しかし、そこには決定的な違いがありました。高濃度CBD株は、投与量と抗炎症・抗侵害受容反応の間に明白な相互関係があり、投与量を増加すればより大きい反応が得られたのです。このことは、この植物性の薬が臨床的利用に理想的であることを意味します。
つまり、純粋なCBDによる限られた用量範囲とは異なり、CBD量と鎮痛効果の間に直接的な関係があったということです。それだけでなく、抗炎症効果を引き出すのに必要となる全草CBD抽出エキスは、純粋な合成CBDより少ないことも分かりました。研究者は次のように結論づけました。「抽出エキスに含まれる他の化合物が、望まれる抗炎症作用を得るためにCBDと相互作用し、純粋なCBDによる釣鐘型の用量-反応関係を上回ることに貢献した可能性があります」
GWファーマ社:ルールの例外?
これらの研究は、一つの分子の研究に投資する現在の製薬会社がとっている標準的手段は、決して完全な大麻の治療可能性を明らかにすることはないという可能性を指し示しています。
しかし、規則には常に例外があります。GWファーマ社の大麻系薬剤サティベックスは、多発性硬化症に関連する痙攣の治療のために20ヶ国で承認されました。現在はグリア芽腫に関する臨床試験が実施中です。
カンナビノイド薬を専門とするイギリスの製薬会社GWファーマは、大麻草とその標準化されたCBDとTHCの抽出エキスの違いを区別することで複雑な規制の迷路をうまく通り抜けたようです。とはいえ、ケンブリッジ・ビジネス誌の会長とのインタビューで、ジェフリー・ガイは、実際サティベックスには大麻草と同じ活性化合物が含まれていることが明らかにしました。
「この業界のほとんどの人が、大麻を処方薬にするのは不可能だと言いました。ですから、私たちはルールブックを書き換えなければなりませんでした。私たちは近代で初めて大麻抽出薬を承認されました。通常の薬にはたった一つの分子しか含まれないところ、この大麻抽出薬には420の分子が入っています」
しかし今のところ、システムを上手く切り抜け、大麻をベースにした植物抽出エキスを薬として承認させることに成功したのはGWファーマ社だけです。
人の力:全草研究の資金を集めるためにクラウドファンディング
全草大麻抽出エキスの研究に対する資金調達の困難さにしびれを切らした一部の患者グループや活動家は、従来のやり方を変えて全草大麻研究の資金を集めるためにクラウドファンディングをはじめました。彼らは自らの体験を通じて、全草大麻が有効であることを知っているからです。
腫瘍抑制における全草大麻と単体カンナビノイドの効果を調べるために35, 750ユーロが集められる
重い病気を患う患者に大麻製品を提供しているNPO団体バッド・バディーズの創設者ジェフ・ディッチフィールドは、全草大麻抽出エキスの有効性を研究するための勢いが足りないと感じ、行動に出ることにしました。
ジェフはクラウドファンディングを通じて35,750ユーロ以上の資金を集め、マニュエル・グスマン、ギエルモ・ベラスコ、クリスティナ・サンチェスによってマドリード・コンプルテンセ大学で行われる研究に寄付しました。研究の目的は、大麻ならびに単体のカンナビノイドによる抗がん特性を調査し、最も有効なカンナビノイドまたはカンナビノイドの組み合わせを突き止めることです。また、乳がんおよび神経膠腫の治療において全草抽出エキスと単体のカンナビノイドのどちらがより有効かについても調べます。
「私にとって差し迫る疑問は、どちらの方が抗ガン剤として有効か、ということです。全草大麻抽出エキスなのか、単体の医薬品グレードのカンナビノイド(合成または植物性)なのか?この研究はその疑問に答えをもたらしてくれると期待しています」
イスラエル人の母が自閉症と大麻の臨床研究に全草大麻を含めるよう資金集め
企業の株主ではなく患者を研究の推進力にしようとしたのは、ジェフだけではありません。カンナビノイド科学に関する最も革新的な研究の一部が行われている国イスラエルでは、自閉症の息子を持つ母親が初となる自閉症と大麻に関する臨床試験のために資金を集める運動をしています。
アディ・アランによって実施された臨床試験はすでに承認されていましたが、23歳の息子ユーヴァルの母アビゲイル・ダーは研究にもっと多くの全草大麻を利用できるように資金を集めています。アビゲイルは、自閉症の子供に対して単体のカンナビノイドの効果が低いことを自らの体験を通じて見てきました。
「これは大麻と自閉症に関する初めての臨床研究になります。絶対成功させなければなりません。なぜなら、純粋なCBDまたは分離させたカンナビノイドを自閉症患者に与えても効かないからです。人々が何を投与しているのかきちんと読まなくなったら悲惨です。大麻は自閉症患者には効かないのだ、と思ってしまいます」とアビゲイルは言います。
国際的な変化が必要
患者やその親、医療大麻活動家たちによる小さな前進にもかかわらず、全草大麻が薬になる見込みは不利な状況にあります。多くの国がアメリカを手本にしている中で、連邦政府による方向性の変化が重要だとジャハーン・マーキュは言います。
「現在アメリカでは薬がスケジュールIに指定されたら、スケジュールIではなくなることは想定されていません。私たちが議論するべきなのは、適切な議会の行動を通じて国際的な変化並びに国家レベルの変化を起こすことについてです」
しかし、ドナルド・トランプ大統領とそのアドバイザーによって、反大麻政権が強化されようとしている今、少なくともしばらくは、全草大麻はいばらの道を進むことになりそうです。
