- 栄養不良だと免疫機能が落ちる
- 体を治す材料も元は栄養
- できるだけ腸を使うことが大事
治療を可能にし、効果を上げる
古今東西、老いも若きも、多くの人にとって食べることは大きな楽しみの一つです。
それもそのはず。ヒトは外から栄養を摂らないと死んでしまいますから、食べるのを忘れないために、栄養不足だと不快感を、食べた時には快感を感じるよう、本能的に仕向けられているのです。
食べること、それは生きることと言っても過言ではありません。
基本をおさえておきましょう。食事から私たちが取り出している栄養素の役割は、大きく三つに分けられます。
①エネルギー源となる、②体の材料となる、③体の調節をする部品となる、です。
エネルギー源となるのは、主にお米やパンなどの炭水化物(糖)と、脂肪(あぶら)です。健康な人が摂取する炭水化物と脂肪の比率は、カロリーで3対1程度、重さにして7対1程度になるのが望ましいとされています。一方、体の材料として大量に使われるのが、肉や魚などのタンパク質です。タンパク質はアミノ酸がつながったもので、これも余ればエネルギーになります。カルシウムや鉄、亜鉛など様々なミネラル(無機元素)も体の材料になります。
そして、体の調節分野で主に働くのがビタミン類です。
これらの栄養素、もちろん足りなくてもいけませんが、摂り過ぎでも問題が出てきます。それに、元々人間の体は非常に複雑で、ある物質が時と場合によって違う役割を果たしたり、物質相互の組み合わせ次第で違いが出たりします。ですから栄養素の絶対的な量を気にするよりも、バランスよい摂取を心がけたいものです。その上で、体調に関係のありそうな栄養素を足したり引いたりしてみるのがオススメです。
特に、体に傷や病気を抱えている場合は、栄養状態が治療に直結します。栄養不良は、免疫機能が低下する大きな要因の一つです。エネルギー源やビタミン、ミネラルなどの不足により、免疫細胞の機能や活性が全般的に低下してしまうのです。それにタンパク質などが十分でなければ、体を治す材料が調達できないことになります。
例えば、外科手術の後も、栄養不良だと合併症の発生率や死亡率は高くなることが知られています。ですから「がんだけ見れば手術で切り取ってしまうのが最善だろう」という場合でも、栄養状態が許さない限りそれはかないません。逆に、栄養管理次第で術後の回復を早めることも
可能です。
要するに、治療の選択肢が広がるか狭まるか、少なからず栄養状態にかかっているのです。
手術の後に栄養を適切に補給するのは当然としても、術前の栄養管理も同等に重要というわけです。もしも口から摂る「経口摂取」が難しいならば、静脈から血液に栄養を直接注入する「静脈栄養」や、管を通して胃や腸に栄養剤を流し込む「経腸栄養」といった手段も考えられます。
ただしこの静脈栄養と経腸栄養、管を通して体に栄養を送る点では似ていますが、実のところ体への影響は全く違ってしまうようです。
かつて、食べられない患者に対しては「中心静脈栄養」(略してIVHあるいはTPN)が多く行われてきました。それによって食事ができない患者も救えるようになりました。
しかし、経腸栄養はもっと優れています。例えば抗がん剤治療を受ける前にお腹から胃に穴をあけて流動食を送り込む「胃瘻」をあらかじめ作っておき、その後の栄養不足を補ったところ、大半の人が治療を最後まで受けられるようになって生存率も上昇したという報告があるのです。
どうしてでしょうか。
腸の粘膜には免疫細胞が数多く存在します。静脈栄養に頼って腸を使わないと、1週間程度でもう腸の粘膜がただれて、免疫機能が落ちてしまいます。腸内細菌や毒素が体内に侵入して炎症を起こすことも。また栄養素が体内で活性化するには正常な代謝が必要ですが、腸管の粘膜はその代謝の起点でもあります。
経腸栄養なら、腸の免疫細胞の働きも栄養の吸収もよく保たれ、結果、静脈栄養より治療後の経過もよく、入院期間も短くて済むのです。
食べても痩せる。それが悪液質
●健康な時と同じような食事だと、がんに奪われる
●飢えた体は、自分の脂肪や筋肉を分解してします
●放置すると、どんどん悪循環する
栄養状態がケガや病気と戦うのに非常に大切であることは、お分かりいただけたと思います。
要するにきちんと食事すればいいんだよね、と思ったかもしれませんが、がんに限っては、もう少し厄介です。健康な時と同じような食事をしていると、栄養不良になってしまうのです。
昔からがん患者は食事をきちんと摂っているのに、どんどん体重は減少することが知られています。がんの診断時ですでに約半数、最終的には8割以上の患者に体重減少が見られています。もちろん、がんの進行や治療から消化管が狭くなったり、抗がん剤治療などによる食欲不振、告知による精神的ストレスなどで、「食べられない」から痩せるというのもあります。
しかし普通に食べていても、痩せて元気がなくなってくるということがあるのです。これは「がん悪液質」に向かっている人の特徴です。
「悪液質」とは、がん細胞の刺激で過剰に分泌される炎症性サイトカイン(免疫細胞間の情報伝達を担う物質のうち、炎症反応を誘発するもの)やホルモンによって、代謝異常、慢性炎症、免疫異常、内分泌異常、脳神経異常などが次々と起きている状態を指します。
風邪のような軽い病気でも、喉や鼻の炎症、発熱が続けば体力を消耗しますよね。この炎症のずっと続くのが慢性炎症です。画像診断などでは分かりませんが、自覚症状もないがんの初期から、体内でボヤ程度の火事のように起きています。そのままにしておくと、内臓や筋肉の細胞が通常以上にエネルギーやタンパク質を消費し始めます。
それだけでなく、炎症性サイトカインは、摂取した栄養素を消化吸収する際にも障害をひき起こす(詳しくは次項)ため、体は不足したエネルギーや栄養を補うために体脂肪や筋肉を分解して利用するようになるのです。
また、食欲がなくなる、味や匂いがおかしい、食べものがしみる、吐き気といった症状をもたらして、箸を遠のかせます。
こうしてますます体重を減少させるというわけです。
悪液質の影響は体重減少にとどまりません。倦怠感や疲れやすいなどといった症状が現れ、治癒力や免疫力も低下します。合併症のリスクが高くなる他、がん細胞の転移や成長を促進したり、抗がん剤への反応を悪くするなど、がん細胞自体の悪性化にも関与しています。
最終的には体は痩せ衰え、精神も消耗した厳しい状態になっていきます。こうして患者の
OLが低下し、生存期間が短くなることが明らかとなっているのです。実際、悪液質が見られる非小細胞肺がん患者では、体重減少度に比例して、生存期間が短くなることも報告されています。
抗がん剤に対する反応が悪いのは、炎症性サイトカインが抗がん剤を分解・解毒する酵素の働きを弱め、薬物代謝を下げるためです。効かないばかりか、薬剤が体内に長期間留まることにもなり、抗がん剤の副作用がひどくなることも。本当に勘弁してほしいものです。
免疫力の低下による落とし穴もあります。日和見感染です。疾患や加齢などによって免疫力が下していると、普通なら感染しないような弱毒菌によっても病気が発症してしまうことを言います。がんが進行してくると、こうした日和見感染も馬鹿にできません。
体力をますます。奪われ、間接的に、”人生の仕上げの時期”が早められてしまうのです。
がんは、肺や肝臓などが腫瘍で占拠されて臓器不全を起こすことでも命を奪われる病気ですが、真の怖さは、体の中で密かに進行して心身の本質的な衰弱・消耗をおこす「がん悪液質」にあるというわけです。逆に悪液質を改善できれば、QOLや免疫力が向上し、より未来への希望が持てる
ようになります。
悪液質を和らげる、それも栄養の働き
●カロリーを増やしても効果なし
●n-3系脂肪酸が良い
●青魚を中心にバランス良く
この恐ろしい、がん悪液質状態を、防いだり改善したりすることも可能です。がんそのものの治療に加えて、慢性炎症を抑制する、筋肉減少を最小限に留める、などの措置を行うのです。その際に武器になるのが、栄養です。
単に栄養状態が悪くて痩せているのとは違って、悪液質の場合は強制的にカロリーを与えたとしても、体重は戻りません。米国でかつて、進行膵臓がんを対象に1日に3000キロカロリーの点滴を行う臨床試験が実施されたことがありますが、結果は、体重増加は3割に見られただけで、
残りは良くて現状維持、ともすれば減少してしまったのです。
栄養が与えられても、それを体に取り入れることができないのです。
がん細胞は好んで炭水化物由来のブドウ糖をエネルギー源として利用し、副産物として乳酸を作り出します。患者の側は多大なエネルギーを使ってその乳酸を再びブドウ糖に変換するのですが、それをまた、がん細胞が利用してしまうのです。炭水化物が過剰だと、がんはエネルギーを獲得
する一方、患者自身はかえって多くのエネルギーを失ってしまうわけです。
また、がん悪液質では、がんと患者本人とでタンパク質の取り合いになりますから、栄養としてタンパク質を補給することが必要。筋肉のタンパク質の減少を食い止め、さらに筋肉の合成を促進します。
一方、炭水化物やタンパク質と対照的に、一部のがん細胞はエネルギー源として脂肪を利用することが困難なようです。しかし患者自身は、脂質を酸化させることでエネルギーを得ることができます。だったら高炭水化物よりも高脂肪食の方が良さそうですよね。
そして、脂肪の種類によっては、悪液質を確かに改善できることが分かってきました。食べ物に含まれる脂肪の成分には、脂肪酸というものがあります。ここで注目すべきは、n-6系(オメガ-6)脂肪酸とn-3系(オメガ-3)脂肪酸の2種。どちらもヒトが生きていく上で欠かせないのですが、体内では合成できないので食品から摂らねばなりません。
n-6系脂肪酸は、菜種油、コーン油、紅花油、ゴマ油などに多く含まれます。どれもサラダ油としてお馴染みですね。
一方、n-3系脂肪酸の代表格がEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)。魚の脂身に豊富です。動脈硬化を送らせて心臓病や脳卒中を防ぐ成分としてご存じの方も多いかもしれません。
この両者、何より大事なのはバランスです。n-6系脂肪酸は炎症や腫れ、がんの転移を助長する性質を持っていて、n-3系脂肪酸はそれを抑制する働きがあるからです。健常な人でもn-6とn-3の比率が4対1になるように摂るのが良いとされています。
ところが、昨今の食生活ではどうしてもサラダ油を摂取する機会が多く、n-6系脂肪酸が過剰になりがち。n-3系脂肪酸も努めて摂るようにすることが大切です。特にEPAは、炎症性サイトカインの働きを抑制し、必要な筋肉のタンパク質の分解を抑えるように働くことが分かってきました。
1日2gの摂取で、体重減少や体力低下を予防できると言います。以上から、タンパク質とEPAの補給を念頭に置いた食事が、がん悪液質を改善するのに有効と言えそうです。となるとやはり、イワシ、サンマ、アジ、サバといった青魚を積極的に食事に取り入れたいもの。
もちろんどんな栄養素も食材も同じものばかり摂取するのはよくありませんから、ミネラルやビタミンなども含め、全体としてはバランス良く食べることも忘れないでください。
サプリメントも上手に
食事ができる場合でも、必要な栄養素を食事だけで摂るのはかなり難しいもの。例えばEPAを1日2gという話も、クロマグロやエビで900g、メカジキなら2kgを食べなければならないのです。まして食欲がない時には、その何分の1だって無理かもしれません。そこで試していただ
きたいのが、健康食品やサプリメントです。
当然のことながら、「これでがんがな治る」と謳っているような商品はいけません。が、お役所がお墨付きを与えている保健機能食品や、医師の判断で処方されたサプリメントであれば、定の用法をきちんと守ることで栄養を効率よく摂取できます。バランスを考えた食事とこうした
補助食品を組み合わせて、「食べる」ことから体力の維持・回復をめざしてみましょう。

「食べる」ことの大切さ
●栄養は、できるだけ口から摂る
●心強い専門家集団がNST
●存在が分からなかったら主治医や看護師に相談を
ここまで見てきたように、適切な栄養をきちんと腸管経由で摂ることは、がんに打ち克ったりがんと共存していくために欠かせません。がんの種類や症状によって、通常の食事を取るのもままならない時には、緊急避難的に胃瘻を設置して備えることがあるのはご説明した通りです。
しかし胃瘻にもスキントラブルや漏れなどの問題はつきもの。なにより食事をすることで、回復への自信にもつながります。「口から食べて飲む」というヒトの基本的な栄養摂取が、様々な観点で本来ベストな方法であることは譲れません。可能ならば早期に経口栄養に戻すことが、回復への近道をもなり得るのです。
がんの進行や治療の副作用で食事が取りづらい場合も、飲み込む作業が可能なのであれば、まずは少しでも食べられるように色々工夫してみましょう。食べ物の固さや形状、調理法はもちろん、匂いが駄目という人も、冷ましてみると意外と食べられることもあるようです。
少量で高カロリーの飲み物やゼリー、シャーベットなどを少しずつ口にするのでも構いません。
最低限、腸を使うのを止めないため、という程度でもいいのです。好きなものを無理せず気負わず、大丈夫な範囲で、できれば楽しめるのが一番です。このように、栄養管理は今や治療の一環と言うべきものになってきています。となると適切な栄養摂取を素人が自分や家族だけで行うのは、かなり難しいこともお分かりいただけるでしょう。
そこで頼りになるのが「栄養サポートチーム(NST)」です。主に入院患者に対して、病院全体でチーム医療体制を敷き、より効率的に栄養管理を実践するものです。メンバーは通常、医師、歯科医師、看護師、管理栄養士、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、歯科衛生士などからなっています。
NSTでは患者一人ひとりの栄養状態を調べ、栄養管理を必要とするかどうか判断します。必要とする場合は、チームメンバー各々の専門性を生かして栄養療法を検討、実施します。そうして、早期退院・早期社会復帰をサポートし、QOL向上のお手伝いをしてくれるというわけです。
