●がん細胞のDNAに傷をつけ、それ以上増えられないようにする
●細胞分裂は傷がつきやすい
●がん細胞は、一般の通常細胞より分裂が盛ん
がん細胞は正常細胞より影響を受けやすい
放射線で治療をする・・・そう聞いて、どことなく違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。特に福島第一原発事故以降、「放射線」は ”恐ろしいもの”というマイナスイメージも先行しがち。放射線治療にまで漠然と不安を抱いてしまう方もいらっしゃるようです。
しかし、そんな今だからこそ、放射線治療について正しく理解しておきたいもの。このところの放射線治療の技術革新には目覚ましいものがあります。治療効果が飛躍的に向上し、これまでは手術で切除しないと治療は不可能と考えられていたがんでさえ根治も可能となってきています。副作用も軽減されてきまた。こうした恩恵は、できるものならきちんと享受したいですよね。
そこでまず、根本的なギモン。放射線とは何者で、どう治療に使うのでしょう? 端的に言ってしまえば、放射線とは「電離能力を持つ電磁波と粒子線の総称」です。粒子線については後ほどご説明するとして、まずは「電離能力を持つ電磁波」についてご説明します。放射線治療の主役であるX線も、この電離能力がある電磁波の一種です。
電磁波とは「電気と磁気の両方の性質を持った波」。その実体は、質量がゼロの「光子」と呼ばれる粒子が、波を描いて空間を進んでいくもの(光子線)です。この波頭の間の距離を「波長」と呼びます。波長が長いのが「光」や「電波」です。電磁波と聞くと難しそうですが、かなり身近なもの。必ずしも人体を直ちに害するものではないんですね。ただし波長
の短いものは話が別。ガンマ線とX線はエネルギーが大きく、物質を構成する原子の中を通過したり、物質を壊れやすくする能力を持っています。原子や分子が持つ電子を叩き出す「電離能力」があるためです。
では、これらの放射線をがん細胞に当てたら(「照射」と言います)どうなるでしょうか。まず、細胞に含まれる水分子などから電子が電離します。その電子は居場所を求めて無理やりDNAのどこかに入り込もうとします。また、水分子を構成していた原子も電子を失って不安定な状態になり、DNAから電子を奪って安定しようとします。その結果、DNAやその配列が、電子・分子レベルで切断・破壊され、正常な複製・増殖が妨げられるのです。
影響を受けるのはがん細胞だけではありません。放射線が通り抜けていくすべての正常細胞に影響は及びます。ただ、がん細胞は細胞分裂を際限なく行っているために、正常細胞より放射線の影響も受けやすいと考えられます。DNAは通常、2本の鎖がはしご状にペアになってらせんを描いていますが、それが細胞分裂時にはほどけて1本鎖になります。1本鎖だとダメージを受けやすく、修復の能力も低いのです。がん細胞は、常にそうした不安定な状態にあります。つまり、正常細胞よりも放射線による影響が大きく、受けたダメージを修復しにくい傾向がある、ということです。
照射するエネルギーを強めれば、当たった範囲のがん細胞を壊すことができます。しかし、本末転倒にならないためには、放射線が患部に到達する時に通り過ぎることになる正常細胞への影響も考慮しなければなりません。伝統的な放射線治療は、適切な量を何回にも分けて照射(分割照射)することで、常細胞がダメージから回復するのを待ちつつ、がん細胞を壊すことで成り立ってきました。
元々放射線は、細胞一つひとつを狙うこともできるほど細いビーム(粒子の流れ)です。あとは照射の方法、精度、放射線の種類や発生のさせ方(線源)次第というわけですが、技術開発は容易なことではありません。治療用X線装置のリニアックでは、高圧の電磁場で電子を加速させ、それを金属にぶつけた衝撃でX線を生み出しています。スイッチ一つでX線の発生を制御でき、広く普及しています。ガンマ線については、後ほど紹介します。
切らずに済んで、副作用も最小限
●全身への影響が少なく、通院で可能なことも多い
●できるだけピンポイントに当てたい
●精密さを上げるための様々な技術が開発されている
放射線治療は、基本的には、固形がんを「切らずに壊す」もの。切らずに済むのが最大のメリットで、がんの状態などにより根治治療の重要な選択肢にもなっています。頭や首などのがんではしばしば第一の選択肢にも。
さらには、がんを小さくして症状を和らげる緩和治療に用いられたり、外科手術、薬物療法(化学療法、ホルモン療法、分子標的薬)などと組み合わせることも増えています。例えば、放射線治療が効きにくいとされていた腺がん(消化液など体液を分泌する腺の細胞がん)でも、このタイプの下部直腸がんに抗がん薬と併用する化学放射線が術前治療として導入されてきています。
放射線治療は、全身への影響が小さく、高齢者や全身状態が悪化した患者でも比較的負担が少なくて済みます。入院を必要としない場合が多く、通院でよいのでQOLが維持しやすいのも魅力です。気になる副作用は、基本的に照射された領域にしか生じません。皮膚に腫れた発赤、脱毛が見られたり、場合によっては吐き気や眠気などの症状が出ることもあります。さらに、治療から半年~数年して現れる「晩発性放射線有害事象」や、稀ながら、白血病をはじめとする2次がんなど、命に関わるケースもあります。
副作用を減らすには、がん病巣のみにピンポイント照射できればいいですよね。ところが、従来の放射線治療では、体の前後からX線でがんの病巣を挟み撃ちにすることが多かったため、病巣に照射するには確実でも、同時に多くの正常細胞にも照射してしまいます。それで、副作用が生じたり、十分な線量をかけられず治療効果が上がらなくなったりします。近年、この問題を解決する技術が確立されています。
その先駆けが、定位放射線治療(SRT)です。SRTは、複数の異なる角度からがん病巣部位へ集中して放射線を照射することで、正常細胞へのダメージを分散しつつ、小さな病巣により多くの線量を照射するもの。最も普及しているリニアックで施術が可能ですが、専用機としては、ガンマナイフやサイバーナイフがあります。
ガンマナイフは、半球状に並んだ200個以上の線源から出たガンマ線を、脳腫瘍病巣に向けて集中照射する装置。主に、転移性脳腫瘍に効果を発揮します。ガンマ線は電子を操作してゼロから作り出すのではなく、線源となる放射性同位元素(R1)から自然に放出される放射線を利用します。R1は、「構造的に不安定な状態にあるために、時間とともに自然に放射線を放出しながら壊れ、他の原子核に変わっていく元素」の総称。放射線を出す能力、つまり「放射能」がある、と表現されます。
一般に「放射性物質」と呼ばれるのもこれです。個々のガンマ線は細く弱いので副作用も少なく、一方、病巣では集まって大きな線量となり、高い治療効果が得られます。ナイフで切り取ったように病巣を破壊できることから、ガンマナイフの名がつきました。
ただ、患者の体が動いて誤った位置へ照射するのを防ぐため、ヘルメット型の金属性の枠を頭蓋骨に取り付けて頭を固定する必要があり、治療範囲にも限界があります。
そこで、この不都合を解消し、さらに体幹部の定位照射用に進化させた装置がサイバーナイフです。
サイバーナイフは、超小型X線装置にコンピューター制御の高精度ロボットアームを組み合わせたもの。自由な位置と角度から弱いX線を何本も病巣の一点に集中して照射します。位置の確認にメッシュ状のマスクを着けますが、ガンマナイフのようにがっちり固定しなくても大丈夫。巡航ミサイルのように正確な位置追跡技術で、患者さんが多少動いても的確に照射できる仕組みなのです。
そして次世代放射線治療へ
●極めて精密に当てられるIMRT
●破壊力も兼ね備えた重粒子線
●一部のがんでは、体内の小線源療法
放射線治療の効果を飛躍的に向上させたSRTですが、まだまだ課題もありました。小さな病巣であればよいのですが、大きく複雑な形の腫瘍にまでは対応しきれないのです。そこを解決すべく開発されたのが、強度変調放射線治療(IMRT)です。
IMRTは、コンピューターでの線量計算に基づいて、多方向から照射される放射線の量を細かく調整するもの。多く放射線を当てたい部分、中等量でよい部分、照射を避けたい部分を詳細に設定できます。立体的な照射によって、高精度で腫瘍の形状に合わせた線量分布を作り出し、正常細胞の被曝量を最小限にして副作用を小さくできます。
具体的な装飾としては、どのように線量分布させるか制御する治療計画装置と照射ビームの形を変形させる装置を備えているリニアック、それに患者個別の線量検証ツールが用いられます。一部のがん診療連携拠点病院などで採用されています。この他、放射線照射にヘリカルCTの原理を応用した装置(X線ビームをらせん状に回転させながら病巣に絞って照射が可能)など、新しいIMRT装置が開発実用化されてきています。
IMRTは、2010年4月から固形がんすべてに保険適応となりました。頭頸部がん、前立腺がん、脳腫瘍などのケースでよく利用されています。
一番最初に説明したように、「放射線」には電磁波の他に粒子線(目に見えない小さな粒子が、高速で一定方向に向かう細い流れ)のグループもあります。がん治療で特に知っておきたいのが、陽子線や、炭素の原子核で作り出す重粒子線。それぞれ「陽子線治療」「重粒子線治療」と呼ばれ、近年、目に見えて効果を上げています。
これら粒子線治療では、サイクロトロンやシンクロトロンといった円形加速器を使って陽子や炭素の原子核を加速し、がんに集中して照射します。粒子には、「運動を停止する直前に最大のエネルギーを放出する」という性質ああり、がん病巣の内部で粒子が最大のエネルギーを放出するように速度を調節するのです。エネルギーが一定に伝わっていく従来の放射線と違って、あたかもがん病巣をくり抜くように照射でき、正常な組織への影響は大幅に抑えられる、というわけです。
重粒子線治療では、X線やガンマ線で殺せないタイプのがん細胞も殺すことができるのが画期的。しかし他方、高いエネルギーを集中させるので、少しでも的を外せば大変です。そのため胃や腸のように不規則に動く臓器や、白血病のように全身に広がっているがんには適応できず、遠隔転移のない固形がんに限定して使われます。
放射線と薬物治療のハイブリット
最後にご紹介するのは、これまでの放射線治療のイメージを壊す画期的な手法。放射線を出す抗体製剤を体に注射する「R1標識抗体療法」です。抗体製剤については、分子標的薬の章で「遺伝子組み換えによって人工的につくられた抗体で、がん細胞にだけある特定のレセプターの情報伝達物質に取り付いて、その働きを阻害したり効果を発揮するもの」とご説明しました。
その代表例として名前だけ触れたリツキサン(リツキシマブ、主にB細胞性リンパ腫に有効)は、がん化した免疫細胞の表面にある「DC20」というタンパク質に結合します。その上で、主に体の本来の免疫機能を利用してがん細胞を攻撃するものです。
このリツキシマブと同じくCD20抗体であるイブリツモマブに、イットリウム90やインジウム111といったR1を結合させた薬が開発されました。それを使うのが、R1標識抗体療法です。
いわば抗体製剤と放射線のハイブリッド型治療で、抗体療法としての攻撃作用に加えて、標的であるがん細胞を確実に捉え、R1から発せられる放射線で直接的に攻撃します。複数の悪性リンパ腫で効果が認められ、実用化されています。
なお、イットリウム90からの放射線(ベータ線)は、体内では分布の中心から平均5.3㎜の範囲にしか影響を及ぼしません。ですから、ご家族や介護の方など周りの人を放射線から守るためだけに入院する必要はありませんが、投与後3日間は長時間や密着するような接触を避け、血液や尿中に含まれる放射線について傷を作って出血したらよく洗い流し、トイレもしっかり流すようにします。
患者本人については当然ながら低線量被曝はあり、正常な血液細胞の造血能も落ちるもの。その他の副作用がないわけではありません。効果のある症例も悪性リンパ腫の一部に限られることは、ご承知おきください。
足りない放射線治療の専門家
治療機器の進歩により、今では放射線治療は格段に高くなり、副作用は大幅に低減されています。ただ、最新の放射線治療機器は高額で施設にも大きな費用がかかるため、設置されている施設とされていない施設で、病院間の格差も大きくなっています。さらに日本では、海外と比べて高度な治療機器が設置されていても、十分に活用されていることは少ないと言います。
最大の障害は、放射線治療の専門家(放射線治療専門医、放射線治療専門技師、医学物理士、放射線治療認定看護師)が全く足りないこと。1回の放射線量をどれくらい、何回程度放射したらよいかなどの治療計画は、がんの種類、大きさ、患者の状態などから総合的に判断しなくてはなりません。抗がん剤ほどではないにせよ副作用もあり、稀とはいえ重篤な晩発性障害もあります。
高度な治療機器も、医師の適切な判断が得られない状態では宝の持ち腐れとなってしまうのです。にもかかわらず日本では医学部でも、放射線治療についての教育は十分に時間が確保されていません。
確かにこれまで日本のがん医療は外科が牽引し、世界的にも良好な成績を修めてきました。放射線治療で手術と同等の生存率が得られる場合でも、手術を第一選択とすることがまだまだ多いのには、そんな経緯もあるようです。
欧米では、がん患者の6割以上が放射線治療を受けています。がん治療を始める際には主治医とよく相談し、場合によってはセカンドオピニオンも活用しつつ、放射線治療の可能性を検討してみてもよいかもしれません。
体の中から照射する?
通常、放射線は体の外から照射します。しかし、体内から照射する方法も使われています。小線源治療と言います。
線源としてR-1をがん病巣内もしくはその傍らに入れます。がん病巣に集中して照射し、周囲の正常細胞への影響を小さくする目的です。イリジウム、ヨード、セシウム、リン、金などのR-1が、管や針、ワイヤー、粒状など様々な形状の容器に密封され、がんの内部やその近くに挿入されます。なお、大きく成長した腫瘍には適していません。
