臨床試験が進行中:大麻が示すPTSD治療への可能性

私たち人類はますますストレスが多い生活をしています。例外なく不安障害が増え続けていますが、人類は概して元々回復力があり、日々の苦悩を忘れ、新しく翌朝を迎えるように生まれついています。しかしあまりにも衝撃的な出来事が起こったために、その記憶のなかに永遠に刻み込まれてしまった時、その人はどうなるでしょうか?戦争の脅威から戻った軍人や、毎日ミサイルやクラスター爆弾の雨に怯える一般人、暴力的な性的暴行の後で人生が永遠に変わってしまったレイプの被害者などがその例に該当します。

その結果、多くの人に心的外傷後ストレス障害(PTSD)が起こります。PTSDによって患者は、過去に起こった恐怖を文字通り何度も追体験します。絶え間ない悪夢のために睡眠がほぼ不可能になったり、一見無害なトラウマの元を彷彿させる物事が強烈な恐怖やパニックを誘発したりするのです。本記事ではPTSDの実態、そして治療法として大麻の可能性を探ります。

1. PTSDの実態

アメリカ人口の推定8%が常にPTSDを罹患しています。世界中でますます多くの国が戦争状態に陥るなか、世界でのPTSD患者数は必然的に増加していくでしょう。特にイラクやアフガニスタンでの戦争で従軍した米軍帰還者は、PTSD罹患率が高く、自殺率も一般人の2倍以上になるなど、深刻化しています。一方、日本ではWHOのデータによると、一生のうちにPTSDになる人は1.1~1.6%ですが、20代から30代前半では3.0~4.1%となっています。日本では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件以降、PTSDの存在が認知されるようになりました。またPTSD患者には、アルコール依存症や薬物依存症、うつ病を併発する人も多いと言われています。

治療オプションは、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)といった抗うつ剤または心理療法などが好まれる傾向にあります。しかし、アメリカ軍の場合、大麻を用いた自己治療者は高い確率で大麻使用障害に罹患しており、4万人の退役軍人が大麻使用障害と診断された、という2014年の研究結果があります。

定期的に大麻を使用する元軍人は、 睡眠を促し、悪夢を軽減するのに大麻が役立つと話しています。また一部の州では、PTSDは実際に医療大麻の認定疾患です。しかし、大麻がPTSDの症状を緩和するだけでなく、果てしなく続く苦しみを終わらせることは可能なのでしょうか?

2.大麻は記憶の消去を助ける:PTSDに役立つ仕組み

PTSDが記憶障害と見なされている事実は、なぜ大麻がこれほどの治療効果を持つのか理解するためのカギとなります。それは大麻に含まれるカンナビノイドと呼ばれる化合物が、人体に存在するエンドカンナビノイドシステムと相互作用するからです。エンドカンナビノイドシステムは食欲、気分、睡眠といった数多くの生理作用において調節効果を持ちますが、PTSDにとって重要なことに記憶と忘却も調節します。

セイフ・アクセス・ナウの主任研究員ジャハン・マーキュは次のように述べています。

「PTSDに関して大麻が特に有益である理由は、その“忘却”の作用にあります。もし私が今日地下鉄で見た人の顔を全て覚えていたら、頭が爆発してしまうでしょう。身体には、有益ではなくなった、あるいは有害な情報を除去するシステムが必要なのです」

PTSDと記憶の関係

恐怖を消し去る能力として知られるこのシステムは、PTSDになると正常に機能しなくなり、トラウマに基づく恐怖を何度も追体験し続けることになります。

しかし科学者は、バランスのとれたエンドカンナビノイドシステムがこの消去プロセスの調整において重要な役割を果たすことを発見しました。特に脳ならびに中枢神経系に分布するCB1受容体がこれに関わっています。論文「不安障害及びストレス関連障害におけるエンドカンナビノイドシステムの役割」を書いたハイファ大学のイリット・アキラフは次のように述べています。

「エンドカンナビノイドシステムは、ストレス反応の調節、学習、恐怖の消去、感情の調節、報酬プロセスといった神経精神病学的病気に関わる複数の脳回路に関与しています。神経画像研究によって、これらの構造が実際に大麻を喫煙した人において活発的であったことが明らかになりました」

PTSDなど不安関連の病患においてはエンドカンナビノイドの信号伝達が乏しく、適度にこの信号伝達を増加させるとストレスや不安が減少すると、アキラフは提言しています。

信号伝達を増加させる方法の一つは、科学者が「CB1受容体アゴニスト」と呼ぶ化学物質を導入する方法です。CB1受容体アゴニストは、受容体への結合によって生物学的反応を生み出します。体内に元々存在するCB1アゴニストのアナンダミド量を増加させるか、または外部から大麻のカンナビノイドTHCなどを取り入れることでもCB1受容体を活性化できます。

しかし、重要なのは「適度に」という単語です。CB1信号伝達が多すぎると反対の効果が起こり、さらなる不安を作り出してしまいます。したがって大麻をPTSDに投与する際は、少ない方が実際効果的となる可能性があります。

3. CBD:PTSDの不安軽減における重要な役割

不安関連の疾患のために大麻を摂取している多くの人にとって、THCが精神活性効果を生み出すという事実は対処が困難です。昔はTHCが高濃度の株しか入手できませんでしたが、最近ではカンナビジオール(CBD)を含む株が市場に増えてきつつあります。退役軍人による医療大麻連盟が示した事例報告によると、多くの退役軍人がPTSDの症状管理に対してバランスのとれたTHCとCBDの摂取を好むことが示唆されています。

大麻内で2番目に豊富なカンナビノイドであるCBDは、THCのように脳ならびに中枢神経系に作用しないので、精神活性効果をもたらしません。このためTHCに耐えられない多くの人は、CBDが不安軽減に役立つと感じています。CBDとTHC両方のカンナビノイドを含む大麻株において、CBDは実質的にTHCによる精神活性効果を中和することが分かっています。

THCとCBDがなぜこれほど反対の効果を持つのか理解するカギは、2009年に行われた神経画像を用いた研究にあります。アーカイブス・オブ・ジェネラル・サイキアトリー誌に発表されたこの研究では、被験者が恐ろしい刺激を見た時にカンナビジオール(CBD)がへんとう体における活動を抑制することがわかりました。へんとう体は不安な出来事の際に活性化される脳の部位です。この結果は、前頭葉および頭頂部で活性化を調整するTHCが不安反応の増大に関連していたのとは対照的です。

CBDによるもう一つの優れた作用は、体内に元々存在する至福化学物質アナンダミド量を増加させる能力です。アナンダミドはPTSD患者において枯渇しがちです。アナンダミドは脂肪酸アミドヒドロラーゼ(FAAH)と呼ばれる酵素によって、体内で分解されます。しかしCBDはFAAH抑制剤なので、CBDを摂取することによって体内のFAAH値が下がり、結果としてアナンダミド量ならびにエンドカンナビノイドの信号伝達を増加させます。この全ての作用がPTSD患者に対して治療効果を持つ可能性がある、と科学者は考えています。

4. 大麻の抗炎症作用がPTSDに役立つ可能性

大麻とその化学化合物THCおよびCBDによる抗炎症作用は十分に裏付けされていますが、これもまた大麻の喫煙が多くのPTSD患者にとって有益なのかを解説してくれます。アメリカ海軍における長期的研究は、炎症マーカー、C反応性タンパク質(CRP)の事前配備レベルの高さとPTSD発病後の展開の関連性を報告しています。また別の研究では、 症状が軽快したPTSDの女性患者は、現在進行形のPTSD患者と比べてCRP値が低いことが示されました。

PTSD患者に対する大麻の影響を研究する現在実施中の臨床試験において、これらの炎症マーカーは「THCまたはCBDの抗炎症特性がPTSD症状発現における大麻の治療効果を調節するか調べるために」評価されます。

5. PTSDと大麻の臨床試験

連邦政府による承認を得るのに5年かかったこの臨床試験は、スー・シスレー博士およびマルセル・ボン・ミラー博士が監督し、フェニックスとボルティモアで実施されます。臨床試験では、従来の治療法に耐性がある病状を持つ退役軍人を対象とし、以下の3つの事象を評価します。

1) 全草の大麻喫煙はPTSDの症状を軽減するか
2) 標準的な臨床測定を用いた際の割合のTHCとCBD、またそれに対するプラセボの有効性を比較する
3) 安全性データを収集する

この臨床試験は、医療大麻が入手不可能な、またはPTSDが医療大麻の認定疾患ではない州に住む数多くの退役軍人にとって喜ばしいニュースです。過去数年間、医療用途目的で大麻を所持または栽培していたために逮捕された、PTSDを患う退役軍人の事例は数多くあります。オクラホマ州在住の元軍人は、そのために終身刑の可能性に直面しています。

PTSDに苦しむ退役軍人が毎日平均して20人亡くなっている事実と合わせると、この研究の成功は非常に重要であることが分かります。ニュースマックス・ヘルス誌に掲載された最新インタビューのなかで、シスレー博士は次のように述べています。

「大麻が退役軍人コミュニティの苦しみ軽減に役立つ可能性があるなら、私たちには公共政策を変え、科学を前面に押し出し、データに事実を語らせる義務があります」

PTSDに苦しむ退役軍人にCBDの使用を認めるべき


この研究結果の反響がアメリカの退役軍人の窮状を超えて、トラウマの原因にかかわらず世界中のPTSD患者に届くことを、医療大麻支持者は願っています。